霊園のご案内

霊園の概要

相模川を背にした丘陵地のなだらかな南斜面を造成した霊域。近隣地域及び当霊園の周辺は人家が多い町なかにもかかわらず、自然の緑に恵まれており、園内メインストリートは左右にカイヅカイブキの並木が続き、緑の芝生に覆われた明るい景観が墓参客の心を捉え、皆様へやすらぎを与えております。
霊園は傾斜地ではありますが、ほとんどフラットの墓域で全面日当たりの良い南傾斜地になっており、光と緑の公園墓地として定着しています。

所在地
神奈川県愛甲郡愛川町三増字川久保109-2
事業主体
公益財団法人 相模メモリアルパーク
総面積
192,366m²(約58,000坪)
墓地種類
特別霊域/普通墓地/芝生墓地/グリーン墓地/石張墓地/合祀墓/めおと墓(永代供養墓) 販売区画のページへ »
施設
管理事務所/斎場2室 (1室35名)/売店(花、線香、飲料自動販売機)/無料休憩所(100名収容)/会食室5室(和室3室、洋室2室)/お骨安置所
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許可年月日
平成5年7月30日
許可番号
神奈川県指令生衛 第131号
情報公開
定款/役員名簿/事業報告書/財務諸表/付属明細書/財産目録/事業計画書/収支予算書/(電子公告)貸借対照表
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由来・テーマ

昭和39年 5月
オーバーシーズ企業株式会社として神奈川県知事より墓地設置事業について許可を得る
昭和41年 2月
オーバーシーズエンタープライズ株式会社に社名変更
昭和52年12月
相模メモリアルパーク株式会社に社名変更
平成5年 4月
神奈川県知事より財団法人相模メモリアルパークとして許可を得る
平成23年10月
神奈川県知事より公益法人の認定を受ける

目的

神奈川県において、低廉で良質な墓地の開発、提供及びその管理、運営並びに墓地に関する調査研究、無縁仏の受け入れ等を行うことにより、県民の墓地需要に応え、地域の福祉向上に寄与することを目的とする。

創設者

創設者ロバート・ワイ・オダ

生前の面影を偲び、その功績を讃え、これを永く後世に残し伝えるために建立された胸像。

 財団法人 相模メモリアルパーク初代理事長 故ロバート・オダ氏は1920年(大正9年)米国ハワイ州に生まれ、幼・少年期を自由開放的な環境の中で成長しました。
 1940年 祖国アメリカ防衛のため兵役義務に服してアメリカ陸軍の兵となり、1941年 第二次世界大戦が始まるや、日系人二世で組織された歩兵第100部隊に入隊を希望し、ヨーロッパ戦線に従事、後に組織された日系人部隊歩兵第442部隊とイタリア戦線で合流、激しい戦闘の中、数多くの武勲をたてながら大切な右眼、右前腕を失いました。
 1945年 第二次世界大戦が終結し除隊後は障害にもめげず向学の精神に燃え、ジョージ・ワシントン大学で法律を学び、弁護士資格を取得、弁護士事務所を開設しましたが、1961年(昭和36年)期するところがあって、祖先の地日本で人生の再スタートにふさわしい事業を始めたいと来日し、1964年(昭和39年)霊園の経営管理を目的とするオーバーシーズ企業株式会社を創設、以後三十有余年、多くの方々の理解と協力を得て、わが国の公園墓地の草分け的存在として自他共に認められるまでになり、神奈川県内をはじめ周辺都県の多くの市民の福祉の安定向上に大きな功績を挙げました。

 1993年(平成5年)これまでいくつもの障害を乗り越え、苦労と努力を重ねて得た墓地関連の全資産と、自ら培った事業の手法を、広く神奈川県民を対象とした公益事業として生かしたいと考え、これら全てを寄付することを決意し財団法人相模メモリアルパークを設立しました。
 財団法人として順調にスタートして二年有余、墓地事業経営に一段と情熱を傾け、先見性と指導力をもって、将来の大きな展望を描き、職員に希望を与え、トップリーダーとして常に尊敬された氏は、1995年(平成7年)6月、不幸にも病に冒され、成長期を過ごしたハワイに赴き、療養に専念したが、手厚い看護の甲斐もなく同年9月30日に永眠。享年75歳でした。

ロバート・ワイ・オダ サイン